しまむに(沖永良部島の言葉)の衰退状況
琉球諸語(奄美・沖縄群島で話されている言葉)の世代間継承が途絶えつつあることは、地域の人や現地調査を行う研究者に共通した認識です。
しかし、実際にどの程度言語の衰退が進んでいるのでしょうか?
Yamada et al. (2018)は、言語実験によって危機言語の世代間継承の実態を調べる手法を提案し、横山・籠宮(2019)はその手法を用いて、
2017年に、沖永良部島国頭集落で「地域の伝統方言(国頭方言)の理解度」が年齢によってどのように推移するかを調査しました。
その結果、(2017年時点で)40代以上は伝統方言の高い理解度を有する一方、30代後半にかけて理解度が若干低くなり、更に下の世代になると、年齢が若くなるにつれて理解度が急激に低くなることが明らかになりました(図1)。
図1.年齢による理解度の推移
言語衰退の背景にある社会の変容
この言語衰退の背景に、どのような社会的変化があったのでしょう?
それを調べるために、神田外語大学の冨岡裕先生と協力し、2018年~2022年にかけて、沖永良部島国頭集落で生まれ育った20代~90代の男女29名にインタビュー調査を行いました。
インタビュー調査では、学校での方言教育、家庭内での言語使用、集落外・島外結婚、言語意識、メディアの発達など、幾つかの項目について尋ねましたが、
もっとも理解度の推移と関連が深そうなのは「家庭内での言語環境・言語選択」でした。
国頭集落における家庭内での言語使用・言語選択の推移
国頭集落における、家庭内での言語選択は、大きく3つの時代に分かれます。
図2.家庭での言語環境(年齢は2017年度時点)
① 家の中で、方言で話しかけられていた世代(1925年~1961年生)
この世代は、家の中で使われる言語が全面的に方言で、祖父母や両親らからも方言で話しかけられていました。ご本人も方言を話し、当然理解度も高い世代です。
「子どもの頃、お父さんお母さんが、ご自身に話し掛けるときは方言でしたか。」
「うん。方言。」
「ご自身が、お父さん、お母さんに話し掛けるときはどうですか。」
「みんな方言。」
「兄弟同士で話すときも方言ですか。」
「方言。標準語使ったことない(笑)。方言ばっかし。」
(1934年生)
なお、この世代は、成人後に「自分たちの子供にも方言を使っていた世代(①-A)」と、「子どもたちには共通語を使っていた世代(①-B)」に分かれます。
①-A:自分たちの子供にも方言を使っていた(1925~1935年生)
「お子さんが生まれたときも、方言で話し掛けたりしてましたか。」
「そうよ。生まれてすぐの子どもは、標準語なんか分からない。」
(1935年生)
①-B:子どもたちには共通語を使っていた(1938年生~1961年生)
「お子さんが生まれた後、お子さんに対してはどうでしたか。」
「その時はなるべく共通語を使っていたと思います。」
「それは意識して?」
「うん。意識して。」
「どうして意識して共通語話していたんですか。」
「子どもには方言使ったらいかんと思って、そういうあれがあったね。そうすると(※家で方言を使っていると)学校行って方言になるから。」
(1938年生)
このように、自分たちは方言話すにも関らず、子どもに共通語を使っていた背景には、学校等で始まっていた「方言禁止教育」影響が考えられます。
方言禁止教育とは「学校で方言を使ってはいけない」という教育で、今回のインタビューでは1927年生~1968年生のインフォーマントが体験していました。
② 家の中で、自分より上の世代は方言で話すけれど、自分は共通語で話しかけられていた世代(1959年~1975年)
この世代は、自分より上の兄弟や、両親、祖父母同士は方言で話すものの、
彼らから自分には共通語で話しかけられていた世代です。この世代は、第一言語は「共通語」であるものの、方言の理解度が母語話者並みに高くなります。
「常にじいちゃん、親同士はみんな方言。日常会話。」
「親御さんが、ご自身に話し掛けるときは?」
「私たちは学校で、しゃべってはいけないっていう世代なので。絶対親も(※方言で話しかけなかった)。」
「うちの5つ上の兄から以上は、お互いみんな方言で。」
「上から5番目までのお兄さん達が話し掛けるときって、どうなるんですか。」
「標準語。」
(1968年)
③ 家の中で、親世代以降が共通語の世代(1980年生以降)
この世代は、家の中で、親同士が共通語を話していた世代です。祖父母→本人、親→本人も共通語での話しかけとなります。この世代は、方言の理解度が急速に下がっていく世代と重なります。
「おじいさん、おばあさん同士が話してるのは、方言で。」
「方言で話す。子ども、孫に話す時は共通語になるんですが。」
「おじいさん、おばあさんが、お父さまにも共通語で話し掛けてるってことですよね。」
「はい。」
「(親は)怒る時とか感極まってる時は方言がバッと出るんだけど。普通の穏やかに話してる時は共通語で話してたと思います。」
(1981年生)
家庭外での方言習得について
ただし、家庭の中でしか方言が習得出来ないわけではありません。
②より下の世代では、家庭内での完全な方言習得は難しいものの、
家庭内で方言を聞いていた経験と、社会の中で方言に触れる機会が増える過程で、成長後にだんだんと方言が分かる/喋れるようになったという話も聞かれました。
「自分的には7割から8割ぐらいは聞けるのかなと。」
「ちっちゃいころから?」
「いや、ちっちゃいころは3~4割じゃないですか。」
「ということは、成長するにしたがって理解度が上がったって感じですかね。」
「そうですね。周りの人と話するときに方言だったり、周りの大人がしゃべってるときの方言とかを聞いて耳が慣れていって、理解度が高まったんだと思いますね。」
「仕事で地元を回ってたので、もうすごい方言でしゃべってきて。役場も変わんないですけど、来庁者の方が高齢であれば方言ですし。方言はいっぱい聞ける環境でしたね。」
(1980年生)
まとめ:方言を伝えていくために
この記事では、家庭内での言語使用と方言理解度の関係性について紹介しました。
個人差、家庭差があることは留意しつつも、今回のインタビューの範囲では、家の中で「家族から方言で話しかけられていた」世代は、第一言語か、第一言語なみに方言を話し、理解することができる世代です。
「共通語で話しかけられていたが、親同士が方言で話していた」世代は、自分では方言を話さないものの、方言を聞いたらほぼ完全に理解できる世代です。
親世代以降が共通語になった世代から、方言の理解度は急激に下がり始めます。
今後、方言を継承していくとすれば、家庭・社会で「方言を聞く機会」「方言を使う機会」をいかに増やすかが重要です。
相手が分かりやすい言語で話すことは、話し手の思いやりのひとつですが、相手の言語能力を信じて方言をたくさん話し聞かせることも島の文化を伝えていくひとつの方法です。
「お孫さんと話すとき、方言使ったりもするんですか。」
「方言ばかりよ。」
「お孫さん、方言使ったりしますか。」
「おじいちゃんと話すときは、方言する。」
(1935年生)
引用文献
横山晶子・籠宮隆之(2018)「言語実験に基づく言語衰退の実態の解明-琉球沖永良部島を事例に-」『方言の研究』5: 353-375. ひつじ書房.
Yamada, Masahiro, Yukinori Takubo, Shoichi Iwasaki, Celik Kenan Thibault, Soichiro Harada, Nobuko Kibe, Tyler Lau, Natsuko Nakagawa, Yuto Niinaga, Tomoyo Otsuki, Manami Sato, Rihito Shirata, Gijs van der Lubbe and Akiko Yokoyama. “Experimental Study of Inter-language and Inter-generational Intelligibility: Methodology and Case Studies of Ryukyuan Languages”. The 26th JK. LA, USA. 2018/11.