
沖永良部島で昔から話され、大切に受け継がれてきた方言「しまむに」。近年、消滅危機言語として話者の減少が懸念される中、島内の各地域でその保存と継承に情熱を注ぐ4人の島人たちが集まり、お互いの活動や想いについて語り合いました。
参加者は、しまむにの語り部として地域や学校と連携し、ときに声優もこなす、幅広い分野で活躍する下平川在住の沖良子さん。玉城のしまむにをまとめた玉城語辞典づくりに取り組む一人の西田真弓さん。子どもたちにしまむにによる絵本の読み聞かせをするほか、しまむに仲間をつなぐコーディネーターの田中美保子さん。田皆字で「たんにゃむに辞書」初版を刊行した、たんにゃむにサークル代表の田邊ツル子さんです。
座談会を通じて浮かび上がってきたのは、それぞれの活動の内容だけではなく、地域を巻き込みながら活動を続ける上で欠かせないモチベーションや知恵と工夫でした。
頼られるのが好き!下平川のお母さん(沖良子さん)
沖さんの活動概要:和泊町の後蘭字出身、現在は夫の出身である下平川在住。セリフのほぼ全編がしまむにのミュージカル「ひーぬむんの生まれた海」の翻訳と発声指導に協力したり、地域の下平川小学校の「しまむにタイム」で講師を務めたり、さらに鹿児島の老舗菓子メーカーのCMのナレーションをこなすなど、しまむにのネイティブスピーカーとして多岐に活躍。
“しまむにがなければ島じゃない”──沖永良部島の方言マスター、声優デビュー

島でしまむにといえば、すぐに挙がる人物が沖良子さん。普段関わりが深く、個人的にもしまむにを学んでいる下平川小学校の西啓亨校長先生からも「いつも二つ返事で応えてくれて、とても心強い」と厚い信頼。「モチベーションの秘密を知りたい」という質問に、沖さんは「声がかかるのが嬉しい。私は人が大好きだから」と語りました。
座談会では、沖さんが来年度に「しまむに辞典」の制作を計画していると明かしてくれました。自身の出身である後蘭字や現在住む下平川字だけでなく、同じ校区の集落も巻き込み、それぞれのしまむに編さんを同時進行で集めるというもの。背景には、田邊さんと西田さんが先立って進めた辞書づくりに刺激を受けたことがあるそうです。
また、沖さんがナレーションを務めたCM(YouTubeの動画)について、「やさしい語りで、島外の人にこれがしまむにだよと紹介しやすい」と西田さんは感謝。西田さんの弟さんが、「しまむにといえば怒っている父の声のイメージ」という話を引き合いに、しまむにの印象は身近な人の話し方に影響を受けるという話でも盛り上がりました。
土の匂いと年長者への感謝を形に(西田真弓さん)
西田さんの活動概要:沖永良部島出身の両親を持つ「えらぶ二世」。2023年から始まった「玉城字語辞典」編さんプロジェクトに加わり、主にパソコン入力(記録)と録音の担当として取り組み中。親と同じか、それ以上の年代のメンバーと共に、先人の生活に根差した”土の匂い”がする辞書づくりに尽力した。
土の匂いがする言葉を紡ぐ——玉城字の"玉城語"辞典に込められた思い

現在、辞書づくりの提案者である前幸貴(すすめ ゆきたか)さんから声をかけられ、玉城のしまむにをまとめる玉城語辞典づくりに参加した西田さん。「しまむにが分からない、話せない私に何ができるのだろうか」と不安を抱えながら始めたものの、今はメンバーの会話を聞いて分かる言葉が増え、両親が子どもだった頃の時代が見れるようでうれしいと振り返ります。
また、移住当初は地域でも「(父親である)忠雄の子ども」という認識だった状況が、辞書づくりを通してメンバーと関係が深まっていく中で、「公民館で辞典づくりに参加している真弓さん」と認識が変わっていったと振り返りました。
しまむにの継承活動において、西田さんのような若い世代の参加は、それ自体が継承に直結します。そうした若手が加わることについて、参加者一同歓迎の声を挙げました。
そんな西田さんが次に考えていることは、田皆字のように、しまむにを読み込ませたAIをつくって、編集メンバーの年長者の方々に、自身の声でしまむにを喋るAIを体験してもらうこと。田邊さんが辞書の完成度を妥協しなかったというエピソードと並んで、二人の根底には「関わった年長者に喜んでほしい」という想いが共通していました。
沖さんが「声がかかることがうれしい」と話していたように、誰かに頼られ、誰かのためを思って取り組むときに、人は普段以上の力が溢れてくるものなのかもしれません。
しまむに継承の応援団長(田中美保子さん)
田中さんの活動概要:「しまむにの日(6月2日)」や「しまむに週間」の仕掛け人。「島ムニむんちゃの島ムニ保存会」会長として、島内の継承活動に取り組む人たちをつなぐ場づくりに尽力。幼稚園教諭の経験を活かし、しまむにの読み聞かせも実践。明るく朗らかに、誰もが安心できる場をつくるコーディネーター。
6月2日は「しまむに」の日!沖永良部島の方言継承の思いとむんちゃ(仲間)が集う

田中さんは国頭字出身。今でも家族の様子を見るために通う日々を送っていますが、現在の住まいは、和泊町の中心地である和泊字。明治時代以前は薩摩藩からの役人が多く住んでいた地域で、それ以前は和字の漁師が使っていた港だった、ともいわれます。
今でもしばしば「島の都会」と言われ、各字からの移住者が多く住んでいる土地柄、田皆字や玉城字のように辞書をつくるなどの継承の動きがあるとは言えません。しかし、そんな特定の地域に縛られない立ち位置だからこそ、田中さんは各字のしまむに活動を俯瞰して、取り組む人たちをつなぐ、応援団長を担えているのかもしれません。
「しまむに意見交換会」など、しまむに継承者たちが集まり、自由に意見を交換する場を何度もつくってきた、田中さん。今回座談会に参加する西田さんも、その輪に加わったことがしまむに継承の入口になったという一人です。西田さんは「美保子先生(田中さん)からしまむにサロンで声をかけられたから、今ここにいる」と振り返ります。他の参加者からも口々に、田中さんの存在に励まされているという声が挙がりました。
田中さんが大事にしていることは、「できる人が、できる時にすればいい」という無理のないスタンス。そんな田中さんの明るさと行動力によって、島でしまむに継承に取り組む人たちは励まされ、気力が湧き、未来を見据えて活動できているのだと思います。
教職員体験を糧に、みんなでしまむにを次世代へ(田邊ツル子さん)
田邊さんの活動概要:田皆字出身。元教職員で、島内の大城小学校校長も務めていた。知名町のしまむにサロンをきっかけに辞書づくりを始め、2025年8月に田皆字のしまむに辞書「たんにゃむに辞書」を完成。そのほか「たんにゃむにサークル」の一員として、田皆方言や伝統芸能の保存継承活動と、それらを通した地域の絆やコミュニティづくりを行っている。
編集委員を称えてほしい――敬老者の知恵が詰まった田皆字のたんにゃむに辞書づくり

しまむに継承への想いは、教職員時代からあったという田邊さん。学校教育活動で扱える内容や時間は限られ、家庭や地域の日常でしまむにに触れる機会がなければ馴染むものも馴染まない。退職後、辞書づくりという手法を知り、しまむに継承活動を本格化させ、田皆字の言葉をまとめた辞書「たんにゃむに辞書」の初版を刊行しました。
その原動力の一つには、昨年タイの伝統文化の保存継承の取り組みを視察し、言語を含めた伝統文化という広い視点での活動が、地域の連携や活力につながっているという光景を目の当たりにしたことによって「自分たちにもできる」と大きな励みを得た経験があったと話します。
また、活動の持続には高齢の編集委員を支える「事務局」の存在が不可欠だと強調。その役割は、田皆字はたんにゃむにサークルが、玉城字は西田さんと前さんが担っていることを踏まえ、今後辞書づくりに挑む沖さんにアドバイスとエールを送りました。
たんにゃむに辞書の初版は、田邊さんにとってはまだまだ完成途中にあるものであり、現在も引き続き、言葉の収集や収録、例文の作成などに動いているとのこと。まだまだ人手が必要である中、たんにゃむにサークルには最近新たに5人のメンバーが合流したと話して、参加者を驚かせました。その秘訣は「声かけ」と聞き、全員が納得の声。
“お茶”と”声かけ”がしまむにの未来に光を当てる
座談会は、それぞれの違いや、共通項などが分かり、盛り上がった時間になりました。そんなやりとりを通して、大切だと認識できたものが、3つ浮かび上がってきました。
1つ目は、「事務局」や「コーディネーター」。知識と熱意を持った人を孤立させず、とくに明確なゴールがあるプロジェクトでは組織として支える仕組みが不可欠です。
2つ目は、「仲間を待たずに声をかける」。田邊さんのように自ら動き、人を巻き込む姿勢が、しまむに継承の輪を広げ、新たな活動を生み出します。それは、沖さんの「声がかかるのが嬉しい」という言葉にもつながってきます。しまむに継承に限らず、想いを未来につなぐことにおいて、「断られるのではないか」と気にする時間はないのかもしれない。「楽しいから、一緒にやろう!」。事は意外と、シンプルかもしれません。
3つ目は、とくに沖さんが強調した「お茶とお菓子」。難しい顔をして議論するのではなく、お茶を飲み、リラックスして、笑いながら語り合う時間こそが人と人をつなぎ、活動を長く続けるための最大の秘訣なのかもしれません。私自身、今日の参加者の継承の現場に立ち会いましたが、漏れなくその場にはお茶とお菓子が用意されていました。継承に大切なものは、すべてここにあったのかもしれないな、と感じています。

今日集まった4人に限らず、普段は自身の暮らす地域で取り組む方がほとんどですが、こうして集まって話し合ってみることで、お互いに影響を与え合っていたということが明らかになりました。これから、より一層、活動を共有し、励まし合える場があることで、さらにしまむに継承の輪は広がり、沖永良部島全体が盛り上がることでしょう。
これで、私(ネルソン水嶋)の沖永良部島のしまむに継承に関わる記事はいったん終了となります。これまで記事をお読みいただいた皆様、どうもありがとうございました!

最後は沖永良部島のポーズでパチリ!
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