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ことばと文化と人とを丸ごと記録するために

2025.03.20
出雲
秋と冬の棚田。奥出雲町のいたる所に,こうした風景が広がる。(写真は宇田川和義氏提供)

秋と冬の棚田。奥出雲町のいたる所に,こうした風景が広がる。(写真は宇田川和義氏提供)

奥出雲のことばを丸ごと知りたい

 島根県仁多郡奥出雲町のことばについて,雑多なことを書き散らしてきた記事も,今回が最終回です。

 これまで,奥出雲のことばについて,まとまりもなく書いてきました。まとまりがなかった,つまり,いろんなことに話が及んできたわけですが,それもこれも,今,私の興味が,ある特定の1つの現象にあるのではなくて,奥出雲のことば全体に及んでいるからです。奥出雲のことばについて,発音から語彙,文法に至るまで,その全てを丸ごと知りたい,と思っています。

 一方で,ことばの全体像を丸ごと知ろうとしたとき,特に語彙に関すること,つまり,ある語の使い方や意味,似たような意味を持つ語の使い分けのあり方やその語源などを知ろうとすると,どうしてもその背景にある文化や生業についての知識も必要となってきます。

 特に,奥出雲町の場合,伝統的にたたら製鉄が盛んな土地として知られていて,砂鉄を山の斜面から削り出した後に作られた棚田では,仁多米というブランド米も作られています。そうしたことを背景にして,日常的に使う単語の中にも,元々は農業や製鉄に関わる単語であったものが,意味を変化させて出来上がったものがあります。

 例えば,「えで ほり」とは「(お嫁さんが)実家に帰ること」を意味するのだそうです。この「えで」は,田に水をひくための小さい用水路である「井手」と言われています。「ほり」は「掘り」でしょう。つまり,「えで ほり」とは,語源的には「井手を掘ること=井手を掃除すること」を意味するように思われます。では,なぜ「えで ほり=井手を掘ること=井手を掃除すること」が「実家に帰ること」を意味するのでしょうか。

「エデコ」の話

 という話は,記事の最後にとっておくことにして,以下では,その「えで」の管理をする「エデコ」に関することから始まる,農業に関することを,地元の方々がお話しているところをご覧いただきましょう。

 

 

 

 

細かな音声的な特徴は捨象してありますが,以下が漢字仮名交じりで文字化したものです。一部聞き取りにくいところは「***」としてあります。映像中,奥の方に座っておられるのがUさん,手前の方がFさんです。

 

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U:まず正月に“エデコ”の会があるだ。ほいで“エデコ”の,今年の責任者の当番***

F:こいらちは組合が大きいだけん。

U:それから,堤があーけん,堤の管理せなけん。***

F:うん,堤の管理はあーね。

U:堤の管理,その責任を負った当番は,まず,ちき,堤にきちんと水がたまるように,絶えず,のみとか,いろんな,あの,責任持ってやらなかんね。***

F:うん,あげですね。

U:それから,大体,上から順番に田ごしらえして,水を入れるという,で,大体おおむねその流れで田植えに行くような,申し合わせせないけんだ。

F:うん,

U:だで,大まかに,その,水口(みなくち)から,まぁ,田植えの準備して,田植えが終わって,で,なから,途中で水取ーと,なかなかややこしいんもんでならん あの その順番がね。

F:あげ

U:まーなんとなくそういう,まぁ,機械のない時代だから,必ず,手替わりで農業すーから,かな,交代でね。

F:あげだね。

U:だけん,この佐白でも,みんなで,田植えの時期は,みんなで田植えやるから。(*「佐白」は地名)

F:あ,あげあげ

U:その,みんなの田植えが終わらんと,終わったことにならんだ。自分の家ほど田植え終わっても,田植え終わったってことは言えんだ。全部が終わらんと。

F:だて,ここでは,ここで集落,この田んぼが全部終わらんと,終わったことにならんだ

U:田植え終わったことにならんだ。で,全部田植えがおわーと,泥落としして,ちょっとまたいっぱい飲むかもしれんけど。泥落としってやつでね。

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 さて,まず目立つのが,FさんがUさんの話に相槌を打つのに,前回の記事でご紹介した「あげ」が使われていることです。これは,Fさんにとっても,Uさんの話す内容が,自身の体験の中にあることと感じられていることの表れだと思います。

 また,単語の中の「り」「る」の音が脱落する現象もしばしば観察されます。Uさんの「堤があーけん」は「堤があるけん(堤があるから)」の「る」が脱落した形式でしょう。「し」と「す」あるいは「ち」と「つ」の中間のような発音もよく聞かれます。例えば「堤(つつみ)」の「つ」の発音などに見られます。

 ちなみに,ここで言う「堤」とは,(ここでは「堤」という漢字を当てていますが)土手や堤防といった意味ではなく,農業用の溜池・用水池のことです。昔はその中に鯉を買っていたという話も聞いたことがあります。

 中程で出てくる「水口(みなくち)」とは,語源的には「田に水を取り入れるところ」を意味すると思いますが,ここではそこから転じて「(その棚田の中で)一番先に水が入る田」を意味します。階段上の棚田が広がる奥出雲町では,棚田の上の方にある堤から井手を通して田へ水をひくわけですが,その際には棚田の上にある田から水を入れていく,ということになります。お二人のお話の中でも,「上から順番に田ごしらえして,水を入れる」こと,「途中で水取ーと,なかなかややこしい」こと,などが語られていました。結局,「水口」とは「(その棚田の中で)一番先に水が入る田」,つまり,「棚田の一番上にある田」を意味するわけです。当地の田が階段上の棚田になっているからこそ,このような意味の変化が起こったと言えるかもしれません。

 最後の方に出てくる「泥落とし」とは,田植えが済んだ後の酒席・慰労会,あるいは,田植え休みのことです。田の作業が終わると,体についた泥を落とすわけですが,そうした田植え後の行為である「泥落とし」が,さらにその後に行われる田植え後の酒席や慰労会を表すのに意味を変えたものと考えられます。

 ここで見たように,ことばを記録していく中で,特に語の使い方や語源的なものを考えようとすると,当地の生業や文化に関することを合わせて記録していくことが重要になってきます。奥出雲に通うようになって10年以上が経ちますが,次の目標は,当地のことばと文化とを,丸ごと記録し,そして,そこに関わった人たちのことと共に,それらを継承していく基盤を作ることです。そのための調査・研究はまだまだ続きます。

ところで「えで ほり」の語源は?〜語源は難しい〜

 さて,問題の「えで ほり」についてです。

 何故,「井手を掘ること=井手を掃除すること」が「(お嫁さんが)実家に帰ること」を意味するようになったのでしょうか。

 私は,そこに当地では「家出(いえで)」を「えで」と発音することが関係しているのではないかと思っています。「(お嫁さんが)実家に帰ること」は,昔の婚姻形態からすれば「(嫁ぎ先からの)家出」を意味します。その「家出」を表す「えで」と「井手」を表す「えで」とが同じ形式であったことから,「井手を掘ること」を表していた「えで ほり」という形式に意味変化が起こったのではないでしょうか。

 ただ,仮にそうであったとしても,「井手を掘る」ことと「家出」とが,生活の中で何らかの形で結び付かなければ,このような言い方は成立しなかっただろうと思います。もしかしたら,「えで ほり」の「えで」は,元々「井手」とは全く関係なかったのかもしれません。

 ある語の語源を考えるのは楽しくもありますが,このように難しいことも多いのが実際です。巷には,それらしい語源説が溢れていますが,もし,そのようなものに出会ったときにも,ぜひ慎重に考えてみてください。

ことばの学び

LANGUAGE LESSON

ことばのワンポイントレッスンにトライしてみましょう! ランダムに表示される問題文に答えてください。

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Q.

沖縄県石垣島白保のことばで、「太陽」は何と言うでしょう?

What do you think is the sun called in Shiraho, Ishigaki.

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