日本語母語話者にとって、琉球語と英語とどっちの学習が難しいでしょうか?
もちろん結論から言えば「どっちにも難しいところとそうでもないところがある」ということなんですが、それではつまらないので「どの言語のどのあたりが難しそうかな?」と考えてみたいと思います。
単語の並び順
すらすら話す上では、自分の母語と語順が同じかどうかが大事です。
A「私の携帯どこか知らん?」-- B「それは...あっちで見たよ」
という会話を考えてみましょう。
英語の場合、「それは」と話し始めるといきなり詰みます。
「それ」は「見た」の目的語なので、「私は」「見た」と言ってからようやく「それ」と言って良いのです。「それは...」と話し始めてしまったら、プランを変更して「あっちにあったよ」などと言ってごまかすしかなくなります。焦ります。
琉球語の場合、基本的に日本と話す順番は同じなので、簡単です。
発音
英語は母音の数がとてもいっぱいあります。
方言や数え方によって色々ですが、例えばWikipediaの英語の母音の項目には、8-9個の母音が載っています。しかもこれは短い母音だけで、ある組み合わせでしか現れない母音もあります。
琉球語は方言によって3-6個の母音を持っている方言が多いです。
母音の数だけみたら琉球語のほうが簡単そうですが、まだあまり研究が進んでいないので、話者さんに「その発音は違うよ」と言われるけど何がどう間違っているのかがわからないことがあります。研究のやりがいがあるので研究者にとっては良いかもしれませんが、学習するとなるとちゃんと教えてくれる人がいなかったり、どれが正しいのかわからなかったりして難しいかもしれません。
終助詞
日本語では、「雨降ってるね」「雪降ってるよ」のように文末にくっつけて発話のニュアンスを微妙に変える終助詞があります。
琉球語にもたくさんあって、例えば南琉球八重山白保方言には「だらー」「わらー」「いー」「れー」「ば」「ま」「かや」「ゆー」「さー」など、たくさんの終助詞があります。英語にはほとんどないので、この点では琉球語のほうが難しいと言えます。しかも、終助詞をつけないと失礼になったり意味が違ったりするかもしれません。
例えば「れー」は「WH疑問+ですか?」というときにだけ使われます。「ぬーれー?」(何ですか?)「ざーれー?」(どこですか?)のように使います。
WH疑問とYES-NO疑問文、それぞれ専用の終助詞を持つ方言もあります。
そんなややこしい方言もあるんだなあと思ったら、私の方言(滋賀県湖北方言)もそうでした。
WH疑問文は「な」で終わることができますが、YES-NO疑問文は「な」ではなく「か」で終わります。
「何してるんな?」(✗「何してるんか?」)、「勉強してるんか?」(✗「勉強してるんな?」)のように使います。
ただし「な」にはちょっと責めるニュアンスがあるので、普通のWH疑問では使えません。
学習教材
学習教材は、英語のほうが圧倒的に豊富です。インターネットに音声も動画もたくさんありますし、「英語練習したい」と思ったら付き合ってくれる人がいるかも知れません。先生もたくさんいます。
琉球語は教科書の数がまだ少ないです。西岡敏さん、當山奈那さん、横山晶子さんなど、教科書を出してくれている人もいます。
でも方言のバリエーションが大きいので、自分の知りたい方言の教科書があるとは限りません。
方言が話されている場面を録音・録画したり、SNSで方言について書いたり、誰かの疑問に答えたり、どんどん方言の話題が普通に出て、みんなが色んな方言で話して通じ合うようになればいいなと思います。
おわりに
「琉球語」というモヤッとする表現で記事を書いてしまいましたが、「琉球語」は1つの言語というよりは、たくさんの言語の集まりです。
「方言」と言っても良いですが、お互いにほとんど通じないことば同士もあるので、本当は「○○語」と言ったほうが良いです。ここでは話を通じやすくするために、また地元の方々も自分たちのことばを「方言」と表現することがあるのでそれにならいました。
また、琉球語を英語と比較してどちらが難しいかを考えることで、「琉球語は外国語なの?」と思う人もいるかも知れません。
「外国語」という言い方には、「1つの国ではみんなが通じあえる1つのことばが話されていて、外国ではまたその国で通じる別のことばが話されている」という前提が隠れているように思います。この前提が間違っているので「外国語」という言葉は使いませんでした。
「第2言語」と言ったりもしますが、これもネイティブの「第1言語」が1個だけあって、あとから学習するのが「第2言語」という前提がある気がして、それが正しいとも言えないので難しいです。
どの表現が正しいとかいさかいにならずに議論して気をつけながら表現していくしかないですね。
この記事は松浦年男さんの企画、言語学な人々 Advent Calendar 2021 の12/23の記事として書かれました。
企画してくださった松浦さん、そして他の執筆者と読者の皆さまに感謝します。