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方言継承の同志に会いに、1,200km!嵐と欠航と歓迎の新島メンバー沖永良部島来島レポート

2026.07.23
新島沖永良部島

遠く離れた2つの島の熱い交流

鹿児島・奄美群島にある沖永良部島(おきのえらぶじま)。窓の外には南国の陽光が降り注ぐ中、公民館ではそれ以上の熱気が渦巻いていた。2つの島の島民がいくつもの卓を囲み、身を乗り出すようにして真剣な顔で語り合う。彼らが時間を忘れて熱中している話題、それはお互いの島の「言葉」についてだ。

 

 

身を乗り出して話し合う

 

 

全く異なる環境にありながらも、島の方言継承という共通の目的に並々ならぬ熱い思いを抱く人々が集結している。一方は地元・沖永良部島の面々だが、もう一方は、東京都に属し、都心から南へ約150キロの人口約1,900人の新島(にいじま)の人々。2つの島は直線距離にしてなんと1,200km以上も離れている。

 

 

壇上に掲げられた歓迎の横断幕には、沖永良部島の言葉「しまむに」によるメッセージがびっしりと書き込まれている。

 

 

行政区分も、歴史的背景も、そしてもちろん日々話している言葉そのものも違う。そんな遠く離れた2つの島の人々が、なぜ今、ここ沖永良部島でテーブルを囲んで、熱を帯びた交流を繰り広げているのだろうか。その背景には、言葉を愛する人々の地道な活動と、研究者たちの支え、そして数奇な縁があった。

 

 

休憩時間には沖永良部島の郷土菓子を振る舞う

方言サミット(八丈島大会)での出会い

2024年12月7日・8日、東京・八丈島で2日間にわたって開催された「危機的な状況にある言語・方言サミット(八丈島大会)」には、全国から言語保全継承の実践者や研究者らが集まった。会場では、現地の言語である八丈方言についての基調講演や、演劇などでの表現披露、全国17の消滅危機言語・方言の聞き比べなどが行われた。その17のひとつとして参加したのが沖永良部島だった。

 

 

「方言サミット(八丈島大会)」の様子

 

 

方言サミットでは沖永良部島の玉城(たまじろ)字で取り組む方言辞書の事例発表があり、そこで2島の島民がやりとりしたのがご縁の始まり。また、どちらも国立国語研究所(以下、国語研)准教授で、消滅危機言語の継承保存の仕組みをつくるプロジェクト「言語復興の港」リーダー山田真寛さんが関わっていたことから、いつか互いの島に行ってみたいという話題が生まれたのだった。

 

 

山田真寛さん。今回の訪問の際にもワークショップの講師を務めた。

 

 

それから約1年半の月日が経ち、新島は村として国語研と方言継承に向けて連携協定を結ぶことが決定。6月23日に調印式を控える中、新島の山本さんと宮川さんは、すでに協定を結んでいる沖永良部島へ見に行くことを計画。すると、山田さんからメンバーに対して「もっと大人数で行ってみないか」と提案があり、5人(内1人は研究者)の新島・沖永良部島訪問団が結成されたのだった。

新島と沖永良部島での方言継承の取り組み

ここで、新島と沖永良部島の2島の取り組みを見ておきたい。

 

新島では、2021年12月から博物館事業の一環として「新島村生活調査」が行われてきた。その調査対象は新島村で伝わる大踊、神楽、獅子木遣などの伝統文化のほかに、島ことばも含まれており、談話資料の収集なども行われている。この調査の、言うなれば実行部隊が、地元の有志たちによって以前から暮らしなどを調査してきた「新島・式根島昔の暮らしとことば研究会(以下、暮らし研)」。今回新島から沖永良部島を訪問したメンバーの多くが所属している。

 

 

学校での授業の様子。メンバーの山本さんは新島出身の教員。

 

 

その暮らし研が、新島小学校での総合学習の時間を活用した方言講座や、地域内で方言を掲示する「今週の島ことば」に取り組みながら、前述の方言サミットや国際シンポジウムに参加して学びと実践を繰り返してきた。新島村と国語研の連携協力協定においても、この暮らし研が中心的な役割を担っている。

 

 

島内各地に掲示される「今週の島ことば」

 

 

一方、沖永良部島でも、昔から島で話されている「しまむに」継承に向けた草の根活動が全島的に展開されている。島の北西端に位置する田皆(たみな)字では住民主体で高齢者から聞き取りを行い、約1200語を収録した「たんにゃむに辞書」が昨年夏に刊行され、さらにそのデータベースを基にチャット型AI「AIたんにゃん」が開発された(たんにゃむに=田皆字で話されるしまむに)。

 

玉城(たまじろ)字でも、「土の匂いがする辞書」を目指して字民総出で「玉城字語辞典」の編さんが進むなど、住民、学校、行政、研究者が一体となった継承活動が活発だ。その様子については、以下の記事が参考になるだろう。

 

 

編集委員を称えてほしい――敬老者の知恵が詰まった田皆字のたんにゃむに辞書づくり

 

 

 

 

 

 

土の匂いがする言葉を紡ぐ——玉城字の"玉城語"辞典に込められた思い

 

 

 

嵐で幕を開けた新島メンバー訪問

話を戻し、沖永良部島に向かった新島一行だったが、記事冒頭の交流に至るまでの道のりは順風満帆…とはいかず、離島ならではの自然の猛威によるハプニングから幕を開けた。経由地でもある沖縄にはたどり着いたものの、熱帯低気圧の発生により予定していた船が欠航。足止めを食らい、当初3泊を予定していた沖永良部島での滞在が1日短縮され、遠路はるばるの滞在がたったの2泊に。

 

しかし、そこは離島に住む者同士。互いにこうした天候によるトラブルにはすっかり慣れっこであり、「よくあること」と状況を柔軟に受け入れていた。

 

また、新島のメンバーは沖永良部島へ入る前に、沖縄のNPO団体「琉球ハンズオン」を見学。多世代でのしまくとぅば普及運動や、とくに児童との遊びと学びの中に積極的に取り入れる彼らの取り組みに触れ、熱烈な歓迎を受けたメンバーたちは、すでに高い熱量を持った状態で沖永良部島へと降り立ったのだ。

 

 

ハンズオンの皆さんと方言継承について話し合う様子

 

 

ハンズオンの皆さんから歓迎される新島のメンバーたち

 

 

沖永良部島の1日目は、今回の視察の最初のきっかけにもなった、方言サミットで事例発表を聞いた玉城字の取り組みの見学に。2024年の春頃から毎週日曜日に行われる編さんを見守る。暮らし研の宮川さんは「一つ一つの言葉を丁寧に確認しながら、『この表現の方が正しいのでは』と話し合って訂正している様子を見て、単語を集めるだけでなく書くことが重要だと思った」と振り返る。

 

 

玉城語辞典の取り組みを見学

 

 

2日目は、山田さんが企画・進行を務め、方言辞書制作のワークショップを行った。2島混成で分かれて、互いの言葉を紙に書き出して用例について話し合う。

 

 

ワークショップで使用したテキスト

 

 

自己紹介する新島メンバー

 

 

「沖永良部島では『きょうだい』を意味する言葉が字によって異なり、どう呼ぶかでも揉める」「大根をどちらも『デコ』と呼び、遠く離れた島でも同じ呼称があるのがおもしろい」など、驚きの声があちこちで聞かれた。

 

 

作業に取り組む様子

 

 

中でも、新島の面々を驚かせたのは、しまむにには明確な敬語が存在するということだった。山本さんは「うちらの島には敬語がないから、社会が狭いなと思ってびっくりした」と語る。しかし、「そういえば昔、ひいおばあちゃんが夜遅くなった時に少し丁寧な言い回しをしていたかもしれない」と、敬語らしい表現があったのではないかと気づくきっかけにもなった。他者との比較で、自分たち自身も気付かなかった記憶がふとした瞬間に蘇るものかもしれない。

 

ワークショップは、単なる言葉の記録作業ではなく、高齢者から若者までが一緒になって言葉の意味を考え、自分たちで調べ、時に「そういう意味じゃなかった」などと新たな発見をする、最高に楽しい交流の場となっていた。すると、やがて、お互いに学べることがたくさんあるからこそ、方言継承保存のために今何ができるのか、少しずつ熱を帯びた議論に変わっていった。

 

 

ほとんど初対面とは思えないほど、前のめりに語り合う。

遠く離れていても想いは同じ、頼もしい継承仲間。

欠航で予定が短縮されるトラブルなどを乗り越え、濃密な時間を共有した2つの島の面々。この熱い交流を経て、双方が今後のヒントと活力を得たのだろう。

 

 

琉球舞踊のエイサーの祭り太鼓を体験する新島メンバー

 

 

山本さんは「(沖永良部島メンバーから)随分進んでいるねと言ってもらえたが、言葉を集めてまとめる作業は進めていたものの、そこからどう書き表せばいいか分からず止まっていた。今回、沖永良部島の方々にシートの作り方やコメントの付け方を見せてもらい、とても参考になった」と訪問の成果を語る。

 

会場の誰かが「完全に真似るわけではないけれど、やっぱりお互いのいいところは取り入れていきたい」と語ると、その場にいたメンバーからも「互いのいいところを横展開できたら、活動はさらに進んでいくはず」と声が上がった。

 

その言葉通り新島では今、話すだけではなく書くということも意識しながら、「今週の島ことば」に例文を増やしたり、また沖縄ハンズオンで多世代が取り組む様子に触発されて8月に参加型のワークショップを計画したりしている。

 

暮らし研の宮川さんは「言葉は違っても、同じところに向かっていると感じた。保存継承活動を途切れることなくつなげている沖永良部島の人たちの頑張りに刺激を受けた」と振り返る。

 

東京の離島・新島と、鹿児島の離島・沖永良部島。距離は遠く離れていても、言葉を愛し、島を愛し、これからも島が島であり続けるために、未来の子供たちへバトンをつなごうとする想いは同じ。リスペクトし合いながら横展開していくことで、2つの島の方言継承活動は、今後さらに力強く、そして楽しく、日本全国に波及するような大きなムーブメントへと進化していくことだろう。一人でも多く、少しでも強く思うことで、その可能性は着実に高まっていく。

 

沖永良部島・国頭出身で、島のしまむに継承のキーパーソンたちのつなぎ役「しまむにコーディネーター」を務める田中美保子さんはこう語る。

 

「新島の現状もえらぶと同じで、継承保存には一人ひとりの力が必要。私たちの活動は何十年も前から、かるたを作ったり、劇の脚本を作ったりした先輩たちの『しまむにを残したい』という想いが土台にあり、そこに研究者が加わった。しまむにをつなぐ道筋がようやく確かなものとしてできてきた」と話す。最後に付け加えるように語った。「確かな未来は、懐かしい過去にある」。

 

 

みんなで、沖永良部島のポーズで記念撮影。

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