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調査の「合間」も調査する
我々のようなフィールドワークに出かけて,地元の方々にお話を聞くような調査をやっている人間にとっては,録音機を回しているときはもちろん,そうではない調査の「合間」であっても,大事な「調査の時間」です。
録音機が回っているときには,どうしても調査協力者の方も身構えてしまうものです。一方で,休憩に入って,録音機を止め,協力者の方がリラックスされると,そこで思いもよらぬ表現が聴かれたりします。
ですから,こっちとしては,調査の合間も気が抜けず,したがって,調査の合間も「調査」をしています。
たとえば,調査協力者の方のご自宅で調査をしていると,お電話がかかってきて,一旦調査中断。なんてことはよくあるわけですが,我々研究者にとっては,その会話の中に出てくる表現が,その後の研究につながる,ということもあります(もちろん,そのときは録音機は止めています)。
そんなふうにして,漏れ聞こえてくる声を聞いていると,奥出雲では,こんな表現をよく耳にします。
「アゲデスネェ」
「アゲアゲ」
どうやら電話の相手に相槌を打つときに使われているもので,きっと「そうですねぇ」とか「そうそう」のような意味なんだろうと思います。決して,どこかのタレントさんのように「アゲぽよー」とか言ってるわけではありません(古い)。
「こそあど言葉」と相槌
ちょっと話は変わりますが,この方言の所謂「こそあど言葉」,つまり,指示詞と疑問詞は,形式的には共通語などと大きく変わりません。
前回にもお話ししましたが,「これ」はコー,「それ」はソー,「あれ」はアー,「どれ」はドーで,いずれもコレ・ソレ・アレ・ドレという形式がもとになっています。「レ」が脱落し,前の母音がのびる,という変化が起こったものです。
さらに,前回の記事で出てきたものとして「カ(ー)」という表現もあって,これは共通語の「これは」にあたるものでした。
実は,上に出てきたアゲも指示詞の1つで,「あんな」や「ああ」にあたります。ちなみに,「こんな」「こう」にあたる形式がコゲ,「そんな」「そう」にあたる形式がソゲ,「どんな」「どう」にあたる形式がドゲです。
さて,となると,上で見た相槌に使っていると思われるアゲデスネェやアゲアゲ,(共通語の目を通してみると)ちょっと不思議だと思われるところはないでしょうか?
「ああ」といって相槌を打つ奥出雲のことば
そう!
共通語では,この「そう!」のように,相槌に「そう」を使うことはあっても「ああ」を使うことはないのです(感嘆詞として「あぁ!」を使うことはあっても)。それに対して,奥出雲を含めた出雲のことばでは,共通語の「ああ」に相当するアゲを相槌に使うことができます。「そうそう」のような感じで,アゲアゲということができるのです。
もちろん,「そうそう」に対応するソゲソゲという形を使うことも可能です。そして,どうやら,地元の人たちは,指示詞として使う場合だけでなく,相槌として使う場合にも,アゲとソゲを何らかの形で使い分けているようなのです。
アゲとソゲは何が違う?
相槌に使うこの2つの形式の使い分けですが,まだどうやって使い分けられているのか,よく分かっていなません。たとえば,以下の会話に見られるように,アゲとソゲは,同じ場面で同時に使われることがあります。
A:ローデンスィルユーテ。(漏電するって言って)
B:(ア)ソゲソゲ。アゲダ,アゲダ。(そうそう。そうだ,そうだ。)
この会話,ある電気機器について「(気をつけないと)漏電するって言って」という旨の発言があります。そして,それに対して,もうお一方が相槌を打っておられます。
このとき,注意して聞いてみると,まず,「ア(ゲ)」といいかけて,それを止めてから,「ソゲソゲ(そうそう)」と言い直しています。そして,されにその後に「アゲダ,アゲダ」と続けています。「アゲダ,アゲダ」は,そのまま共通語にすれば「あーだ,あーだ」で,これも相槌です。きっと,共通語ではこのような使い方はしないと思います。
アゲとソゲの使い分けについては,さまざまな仮説が出ていますが,どうも地元の人に聞いてみると,「アゲ」と言って,相手の発言に対して相槌を打つ場合は,その発言内容のことを(忘れていたかもしれないけど)自分も知っていたときのようで,そうでない場合には「アゲ」が使えないことが多いようです。
よく私も,芸能人の名前や覚えていたのに思い出せないことがある時に,「何だったけ・・・あれだよ,あれ!」とか「あの人!」等といって,「あの」や「あれ」を連発します。これも,(思い出せていないかもしれないけど)自分の記憶の中にある情報にアクセスしようとして「あれ」とか「あの」とか言っているわけです。奥出雲のアゲも,そんなふうに,相手が言われたことを受けて,自分の記憶の中にある情報にアクセスしていることを表現しているのかもしれません。
一方で,ソゲで相槌を打つ時は,相手の発言内容そのものに対して同意するもので,今の若者がよく使う「それな!」に似たものかな,と思います。
そして,相槌というのは,結局,自分の記憶の中にある情報にアクセスしているかどうかにかかわらず,相手の発言内容に対して同意を示したりするものですから,ソゲは,相手の発言で示された情報を自分が知っていたかどうかにかかわらず使える,つまり,相槌としては万能のようです。
というのが,現時点での結論ですが,そんな単純なものではないかもしれませんし,これを読んだ地元の方々からは「ちょっと自分は違うかな」というご意見も出るかもしれません。
これも今後の課題とさせていただければと思います。。。