
こちらは、南伊豆方言についての第1回目の記事になります。
シリーズ全3回の予定なのですが、初回から既に締め切りを大幅に過ぎております。
先行きが不安でなりませんが、無事に完走できるよう、どうかお祈りください……
さて、私のことをどこかで見聞きしてくださっている方はきっとこうお思いでしょう。
え、伊豆?――と。
わかります、わかります。
谷口ジョイ[1]と言えば、井川(いかわ)方言[2]。井川方言と言えば、谷口ジョイ。
しかし、本日は皆様をまったく異なる地へとお連れいたします。
まずは以下の地図をご覧ください。

東西に長いことで知られる静岡県ですが、実は南北にも広く、最北端にある井川から南伊豆までは、車で4時間以上かかります。
しかも、標高800メートルから海抜20メートルという落差。
なぜこれほど離れた場所の方言を調査する運びとなったのか、簡単にその経緯を説明したいと思います。
遡ること数ヶ月、ある学生に「地元の方言について調査したい」との相談を受けました。地元はどこかと聞くと、南伊豆町だと言います。
――そう、静岡県屈指の観光地です。私はすぐさま、調査に同行することを約束しました。南伊豆の海の幸や温泉を堪能したい、などという邪(よこしま)な気持ちがあったのではないか?と疑われてしまうかもしれませんが、それについては黙秘します。
そのようなわけでこの夏、学生とともに南伊豆町を訪れました。
それでは調査の様子をご覧ください。

あああ!すみません、間違えました!
こちらです。
南伊豆で「聞き書き」の活動をされている山本はま子さん
これは「なぞなぞ式」と呼ばれる調査方法です。
共通語を方言に翻訳してもらうのではなく、その語の意味や特徴を説明し、調査協力者から方言を引き出す方法です。
例えば、「カエルのことを、ここの方言では何と言いますか」と聞くのではなく、イラストを見せて「この生き物を何と呼びますか」のように尋ねるものです。
ところが、これが難しい。
私のような無知蒙昧な人間は、どんなカエルを見ても「カエル」としか認識できませんが、カエルが身近な存在であった方々にとって、アオガエルとヒキガエルはまったくの別物なのです。しかも同じヒキガエルでも、大きさによって呼び名が変わるそうです。アオビキ(アオガエル)とビキドンは別のもの、そのビキドンより大きいのがハタバンバ……と、私には想像もつかない線引きが行われています。
上の動画でも「キャール」や「ガマ」「ハトバサン」「ハトバ」といった語が出てきます。ほかにも「ハタビキ」「ハトビキ」「ハトンビキ」「ハタバーサン」「ハタバンバ」「ビキドン」[3]、「ビキイドン」など、テストの出題範囲になったら発狂しそうなほど多くの語が登場しました。
古い資料には、さらに「オッバク」[4]や「カネシェーバンバ(金背負婆)」[5]といった語も出てきます。
改めてなぞなぞ式の難しさを感じる調査となりました。
一方で、何気ないおしゃべりから、多くを学ぶこともできました。
以下の音声は、内藤ふで子さんが自身のおばあさまから聞いたという楽しいお話です。
昔、このあたりでは、船でたくさんの魚が揚がると、水揚げされたばかりの魚をザルに入れ、それを頭の上にのせて、数人で売りに来たのだそうです。
「おばあな、魚どうで」
「今買ったよ」
「誰から買ったや」
「中木のお節から買ったよ」
「おばあな、お節はおれだが。買っしぇ、買っしぇ」
「なんだそうか、じゃあ買あべぇ」
私は、思わず身を乗り出しました。
お話の内容がおもしろいのはもちろんですが、文献に出ていた「〜っしぇー」という形式(丁寧な依頼の表現)が自然に出てきたのです。古い資料には、「くわっしぇー(食べなさい)」といった表現が出ています。
これは「〜っしゃい」の音が変化して「〜っせー」となり、さらに「〜っしぇー」となったものです。
「買わっしゃい」が「買っしぇ」となるのも初めて耳にしました。
こういった表現、なぞなぞ式や共通語翻訳式(共通語から方言に変えてもらう調査)では、なかなか出てきません。
続きもお聴きください(私の品性に欠けた笑い声が入っていますが、それは気にしないでください)。
「何があるや? (中略)たけえな、もちっとまけらっしぇ」
「そんなにまけられねえよ」
「いいよ、ここでまけて、そこで、他で稼ぐのさ」
ここで私は、さらに前のめりになりました。
なぜなら文献には「まける(=値段を安くする)」のような下一段動詞[6]に「らっしぇ」が付く形が出ておらず、こちらもまた初めて聞いた形だったのです。
もう興奮が止まりません。
方言研究に参入し、ひとつ気づいたことがあります。
それは、どの土地にも、自分たちのことばを丁寧に書き残してきた人がいる、ということです。
南伊豆も例外ではありません。地域の方々が編んだ方言集や郷土誌、聞き書きの記録がいくつも残されています。今回の調査も、こうした記録がなければ成り立ちませんでした。
ただ、文字の記録には残せないものもあります。音に関わる情報や、身ぶり手ぶり、表情といったものです。
先の「〜っしぇー」という表現のイントネーションや発音も、文字にすると削ぎ落とされてしまいます[7]。
地域の方々が書き残したことばを、研究者が音声や動画とともに記録し、それをまた地域の方が活用できる形で戻す。そんな循環があってはじめて、ことばを「生きた姿」のまま次の世代に手渡せるのではないかと思います。
そう考えると、この「ことばのミュージアム」は大変意義深いプロジェクトなのです。
「ことばのミュージアム」、ありがとう!
引き続き、南伊豆のことばを知る旅におつきあいください。
注釈
[1]「いや、誰やねん」という方は是非とも、拙著『ある言語学者の事件簿』(くろしお出版)をお読みください。
[2]「井川?どこやねん」という方は是非とも「ことばのミュージアム」に寄せた井川に関する記事をご覧ください。https://museum.ninjal.ac.jp/?s=&cat=47&tag=&lang=
[3]私の調査地である井川や周辺地域では「ドンビキ」と呼ばれます。なぜ南伊豆では「ビキドン」なのか、気になって気になって野球観戦以外、何も手につきません。
[4]平山喜代一・平山善吉編(1980)『下流のことば』南伊豆町教育委員会.
[5]飯田正(1985)「白浜方言拾遺(補)」『季刊下田帖』4号,60-61.
[6]動詞に「〜ない」をつけたとき、その直前が「エ段」になる動詞(例:「食べない」、「閉めない」)。
[7]IPA(国際音声記号)などの記号を使って書き表す方法もありますが、専門的な知識が必要ですし、イントネーションや強弱、声の高さなど、文字にしづらい情報も多くあります。
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