昔は、茶畑をトランポリンのように使って飛び跳ねる遊びをしたそうです!
静岡市北部の井川方言について、5回目の記事になります。
前回の記事では、井川の民話から、これまで私が知ることのなかった新しい世界が見える、ということについて書きました。
今回は、井川の皆様から教えていただいた「昔の遊び」に出てくることばをご紹介します。
昨秋、文化人類学者の村橋勲先生からご連絡をいただきました。
フィールド調査を目的とした授業の一環で、学生たちを引率し3泊4日で井川に行かれるとのこと。
何人かの学生が井川の方言に関心があるということだったので、事前に井川方言の資料などをお渡することになりました。
「学生たち、井川の動植物に関する方言を調査したいみたいで」
「動物にまつわる言い伝えとか、そんな話も聞きたいらしくて」
「この人に話を聞くといいよ、って方とかいますかね」
村橋先生から話を伺ううちに、すっかり前のめりになってしまった私。
案内役も兼ねて、調査にご一緒することになりました。
井川には、十代後半から二十代前半の若者がほとんどいないので、学生たちが調査に同行すると、地域の方々は大変喜んでくださいます。
「孫と話しているみたいで嬉しいよぉ」と笑顔がこぼれます。
こちらは、その時の調査の様子です。
井川方言集[1]に収録されている「ニシャードー(=さなぎ)」という語について、長倉うた子さん(1937年生まれ)に教えていただいています。
ほれが、取ってね、昔、子どもの頃、捕まえて、畑でもって。
ニーシャードッチっつってたよ、こう。
虫を捕まえて、ニーシャードッチって言うとさ、こう、ぴくぴくって、こう、頭。
[動く?]
結局、捕まえてるもんで、いごく(=動く)だと思うけど、今、思えば。
「あ、で、西があっちだ」っつった。
(一同、盛り上がる)
ほうすっと、この虫がさ、虫がさ。
[西側に向くんですか]
[いや、違う。そういうふうに見えるだよ]
見える、ほ、ほれで、ほの、ちっちゃいときは、西も東も分かんないだよ。だからね。
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方言集を見ただけでは、「へえ、さなぎは『ニシャード』と言うのか」で終わってしまいそうですが、その由来には驚きました。
なんと、さなぎを手で持って「西はどっち?」と聞くと、頭を西の方に動かす、という遊びから「ニシャード」あるは「ニシャードッチ」と呼ばれていたのです。
まさに予測不能の展開。
「ニーシャードッチ」の韻律も耳に心地よく、幼い頃のうた子さんが目に浮かぶようでした。
(音声や動画と一緒に楽しんでいただけるのが「ことばのミュージアム」の素晴らしいところですね)
佐野晴良(1939年生まれ)に教えていただいた「水雷駆逐」という遊びのお話でも、独特の韻律が聞かれました。
「水雷駆逐にかーかーれ!」
捕まると「捕虜」になり、大将が捕まったら負け、という戦時中を思わせる遊びではありますが、井川の方々に昔の遊びについて尋ねると、この「水雷駆逐」が頻繁に登場します。
また、井川は大井川の再上流域にあるので、川で遊んだ、という話もよく聞かれます。
1950年代にダムができるまでは、水量も多く、流れも急だったそうで、なんと波乗りまでできたそうです。
こちらの動画では、滝浪紀久子さん(1932年生まれ)が、昔の川遊びについて話しています。
川の中で、急に深くなるところを「アオドンブリ[2]」と呼ぶそうですが、夏の暑い日に、深く水をたたえた淵で泳ぐのは、どんなに気持ちがよかったことでしょう。
昔の遊びについて話してくださる皆さんの表情は明るく、アタ(=いたずら)[3]をして叱られた話をするときなどは、すっかり子どもの顔になっています。
当初、調査協力者の方に「昔の遊び」を聞こうと考えたのは、時系列に沿った語りや、その経験に対する話者の評価に関する語りを収集するためでした。
加えて、幼少期の思い出を語っていただくことで、普段の言語使用が現れるのではないか、という思いもありました。
私のような外の人間が、地域のことばを教えていただくには、多くの工夫が必要です。
著名な社会言語学者であるウィリアム・ラボフなど、自然な会話を引き出すために、調査協力者を興奮状態にさせるべく「死にそうになった経験」について聞いているほどです(それはそれで、どうなのか)。
しかし実際は、お話がおもしろすぎて、その場で研究調査らしきことは何もできません…
毎回、言語形式に注意を払うことも忘れ、聞き入ってしまいます(録音や録画をあとで見返すことができるので何とかなっています。科学の進歩に感謝!)。
今回、ご一緒した学生たちも「お話に夢中で、メモを取るの、忘れちゃいました」と笑っていました。
それでいいのではないでしょうか。
[1] 宮本勉. 1975.『史料編年井川村史第二巻』大阪府:名著出版.
[2] 井川方言集によれば、「どんぶち」とも呼ばれる。
[3] 「いたずら小僧」は「アタッコゾウ」と言う。