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おっかな こえぇっけ!−静岡井川方言で紙芝居をつくる

2024.09.19
井川
てしゃまんくの紙芝居。挿絵は井川出身の齊藤暢子さん。

てしゃまんくの紙芝居。挿絵は井川出身の齊藤暢子さん。

静岡市北部の井川方言について、3回目の記事になります。

今回は、井川の皆様に愛される民話「てしゃまんく」について書きたいと思います。

 

私が井川方言の調査を開始したのは2020年のことです。

当初は、高齢者のお宅を巡回する集落支援員*の方に、ストーカーのようにつきまとい、調査をさせていただきました。

 

「この文章を読み上げてください」

「この絵を見てください。普段、何と呼びますか」

「この表現を井川方言に直してください」

 

こうした問答がひたすら続きます。

こちらは言語学者なので、あらゆる事象が興味深く、目を輝かせて、あれやこれや聞いてしまうのですが、逆の立場なら間違いなく退屈でしょう。

私は単調な作業が人一倍苦手なので、ばあさんになった時に、どこぞの者とも分からない若造(井川では60代までは青年認定)がやって来て、文を読み上げるように言われたりしたら、暴れてしまいそうです。

井川の方々は心優しく、また寛容なので、辛抱強く、私の調査に耐えてくださいますが、次第に、協力者の方にも楽しんでいただけるようなことがしたいなあと思うようになりました。

 

もう一つ、井川方言の研究に参入した頃は「この貴重な方言を残すために、何かせねば!」という変な気負いもあったのですが、井川に長く通ううちに「ことばだけ切り離してもうまくいかない」と考えるようにもなりました。

 

試行錯誤を繰り返した末、今年は、井川の「昔語り」を収集しています。

高齢の話者の方々がまだ幼い頃、おじいちゃん、おばあちゃんから聞いたという昔話や、幼少期に村でこんなことがあった、というような逸話など、話は尽きません。

 

井川には、さまざまな民話がありますが、最も有名なのは、なんといっても「てしゃまんく」でしょう。

「てしゃ」とは、器用な人を意味し、「まんく」は万久郎という名の一部をとっているのだとか。

俊足、剛力、知恵があり心も優しい、しかも美男(これは私の想像)という何拍子も揃った男。

通常は、井川から街まで往復するのに丸二日かかるところを、なんと重い荷物を背負って日帰りで戻ってくるという超人です。

車で、あの山道を走るのさえも難儀するというのに…

 

「てしゃまんく」の話題で大盛り上がりするうちに、紙芝居を制作して井川の子どもたちに聞いてもらうのはどうか、ということになりました。

私が叩き台を作り、井川の方々に修正していただきつつ、発音も習います。

皆様の熱い指導が始まりました。

 

発音を教えてくださっている遠藤弘子さん。

 

ある時、てしゃまんくは「もやっぴろい(=たきぎあつめ)にでも 行ってござあ(=行って来よう)」と、山へ行きました。

いけぇ(=大きい)木だ。よし、こうすりゃあ枝がぺしょーれて(=へし折れて)落ちてくるぞ。ーか(=いいか)?ぷるう(=振るう)ぞ!」

てしゃまんくは、大きな木にドーンと体当たりすると、枝がパラパラと落ちてきました。

 

初回の記事にも書きましたが、井川方言には、周辺の地域とは異なる語が多くあります。上記の「もや(=薪)」も、そのひとつ。

また、「ぺしょーれる(=へし折れる)」や「ぷるう(=振るう)」については、2回目の記事でご紹介した井川方言の音の特徴が出ています。

 

紙芝居を読む望月紀子さん。

 

おっかね、こえぇっけ。あんにい(=お兄ちゃん)。ありがとさん。」

 

これは、「てしゃまんく」に助けてもらったウリンボウ(=猪の子ども)がお礼を言う場面です。

この「おっかね、こえぇっけ」は「あらまあ、悪いね」のような意味で使われるのですが、多くの人が「おっかない」「怖い」という意味であると勘違いする表現でもあります。

 

かく言う私も、調査を開始して間もない頃、協力者のお宅を訪問した際、中から出てきた方に

「おっかな、こえぇっけ、先生。」

と言われ、凍りついたことがあります。

まるで武器のようなビデオカメラの三脚を片手に、髪振り乱して、村を徘徊する姿が妖怪のように見えたのだろうか…言われてみれば、かなり恐ろしい姿を晒しているはずだ… 玄関先でいきなり「おっかない」「怖い」と言わせてしまうとは、ハロウィン状態ではないか…

などと思考を巡らせたものです。

 

この話をしたところ、数十年前に井川の男性と結婚し、甲府から移り住んだ、という方から

「うちの両親が井川まで挨拶に来たんですけどね。玄関口でいきなり、夫の両親に『おっかねえ』と言われ、驚いて外に出てきてしまったんですよ」

というエピソードをお聞きしました。

井川の玄関先では、こうした盛大な勘違いが何度も繰り広げられてきたに違いありません。

 

この「おっかな」「おっかねえ」という表現、井川では頻出なので、子どもたちにも是非覚えていただきたく、短い紙芝居の中に2回も登場します。

さて、井川の子どもたちは紙芝居を楽しんでくれるでしょうか。

*集落支援員:高齢化が進む山間地域などで、集落の巡回を行なって、コミュニティの課題を把握する役割を担う人材のこと。

ことばの学び

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Q.

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What is the sun called in Nishihara-Ikema, Miyako Island?

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